こんにちは
整体知恵袋のたなかひろやすです
「医者は骨格のことなんか
これっぽっちも治せない。
診るのは病気。病気は医者!」
と、おじいはよく言う。
また、
「カイロは骨!骨格調整やからな」
とも。
それを横で聞きながら、
半分合ってるけど、
半分違うなぁ、
と思っている。
なぜか。
カイロプラクティックも、
もともとは骨だけを
見ていたわけではないからだ。
最近のカイロの本を見ると、
骨格、
アジャスト、
関節。
そういった話が中心になっているものが多い。
でも、
古い文献を見てみると、少し違う。
たとえば、
大正15年に出版された
東村英太郎訳のカイロの本,,,
の7版(昭和44年)
そこには、
各臓器の病に対して、
どうアプローチするか。
しっかりと書かれている。
つまり、
もともとは、
骨だけではなく、
内臓も含めて見ていた。
では、なぜ今は
「骨」というイメージが強いのか。
これはあくまで推察だが、
カイロの学校ができて、
教育として体系化されていく中で、
手技で病気に対してアプローチすることが、
法律上、表に出しにくくなった。
その結果、
骨格調整という形で
表現されるようになったのではないか?と
実は同じような流れは、
我が均整法にもある。
均整法の始まりの一つは、
脊髄神経反射、
いわゆるスポンディロセラピー。
これは、
内臓に対してアプローチする技法。
昭和26年前後の話。
そこから形を変えて、
現在の観歪法へとつながっていく。
見え方は変わっても、
中身は脊髄神経反射。
さらに、そこへきて
昭和45年。文部省(当時)の認可で
学校ができた際、
病気や内臓に対するアプローチは、
さまざまな事情もあり、
習業科目から外された経緯がある。
こうして見ていくと、
骨か、内臓か、という話ではなく、
時代や制度の中で、
“表に出る部分”が
変わってきただけなのかもしれない。
だから、
今見えているものだけが全てではない。
どこを見るか。
何をもって判断するか。
そこを少し引いて見ると、
また違うものが見えてくる。
そんなことを、
横でおじいの話を聞きながら思った。
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