ものの見方が施術を作る「整体知恵袋.com」

こんにちは 整体知恵袋のたなかひろやすです。 患者さんが、ぽつりと言った。 「整骨院で、けがをしたってことにすれば 保険が使えますって言われました。」
それに対して、 おじいはすかさずこう返す。 「そうしないと今は組合がうるさいんだよ。 昔からそう。」 ──うん、まぁ。 たしかにおじいの言うことにも一理ある。 おじいは現場に居たことないのに 人から聞いた話をあたかも自分事にして、 さも見てきたかのように話す技術に長けている。 でも、 ワタシは心の中でこう思った。 (いやいや、それって2000年以前の 柔整師たちの悪習慣の結果じゃない?) なんでも「昔からそう」って言うのは、 ある意味、思考停止に近い。 もちろん、経験があるからそう言えるんだろう。 でも“そこ”しか見てない。 それ以上、深くは見ない。 それって施術でもよくある話。 おじいの口癖は、 「勝手に痛くなるんや」 「年や、年」 つまり、原因は“外”にある、という考え方。 時間や老化、生活の中に “勝手に”起きたものとして扱う。 一方、ワタシは違う。 「なぜそうなったか?」を 考えるスタイル。 そのために動きの確認(検査)をして、 目の前の症状が “本当に原因なのか?”を追いかける。 木を見て森を見ず──ではなく、 木の傾き方から、風の流れや 地面の傾斜まで見たいタイプ。 痛みは結果。 そこに至るまでに、 身体が何をかばい、 どう歪んでいったのか? それを丁寧に拾いたいと思っている。 思考のクセは、施術のクセにもなる。 「昔からそう」と言う人は、 目の前の現象に“ただ対応する”スタイル。 「なぜそうなったか」を問う人は、 症状の“背景”まで観ようとするスタイル。 どっちが良い悪いではない。 でも、アプローチはまったく変わる。 とは言っても、 患者さんは目の前の症状に対して、 患部をゴリゴリされたほうが 「やってもらった感」があって、 スッキリして帰るんだけどね。 悲しいけれど、それが現実だったりもする。
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今日はここまで。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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